ジョヨボヨ王の予言
昔むかし、それは今から900年ほど前の話。
インドネシア、東ジャワにクディリという王国がありました。
その王国の最盛期、王であったジョヨボヨは、とある預言を残してこの世を去りました。
「わが王国に混乱が生じる時、どこからか現れる“白い水牛”の人に長期に渡り支配されるであろう。彼らは魔法の杖を持ち、離れた距離から人を殺すことができる。しかし、北の方から“黄色い”人が攻めてきて、白い人を追い出すことになるであろう。」
やっほー。
今回はこの間行ったインドネシアにまつわるお話を。
インドネシアは台湾に並び世界でもトップクラスの親日国として有名です。
2017年に行われた親日度調査によると、全ての人が日本という国を大好き、または好きと答えています。
前にブログでも紹介しましたが、バリ島でも日本のアニメや食が浸透し、日本文化に対する関心があったことがうかがえました。
さらには、いは日本語教育が熱心で、日本語学習者の数が世界第二位だそうです。
また、戦前の名残からなのか、現地のカレンダーにはインドネシア語の下にローマ字で日本語表記がなされていました。
間違って消しちゃったんですけどネットに同じカレンダーあったんで載せておきます。
(例えばSundayの下にNichiyobiって書いてあります。)
コレ日本語だよって教えたら驚いて喜んでました。
それは、戦前の歴史に遡ってみてみると、見えてくるものがあります。
インドネシアは戦前350年もの間オランダの植民地でした。
ヨーロッパの植民地政策は、一方的な搾取です。
教育を施したり、その国のために産業やインフラを発達させるなんてことはしません。
しかし、1942年、大東亜戦争において日本軍がインドネシアに進軍すると、オランダはわずか9日間で降伏、撤退します。
インドネシアの人々は思いました。オランダが撤退したとしても結局は支配者が日本に変わっただけだと。
しかし、日本の政策は欧米列強のそれとは違いました。
日本軍はインドネシアを一つの国として尊重し、重要ポストにインドネシア人を次々と登用しました。
(この時登用された有名な活動家の一人にスカルノがいます。初代インドネシア大統領にして、日本ではTVで活躍するデヴィ夫人を妻として迎え入れた人です。)
彼らはこれを、かつての国王ジョヨボヨ王の預言と照らし合わせました。
白い水牛を追い出した黄色い人々は日本人であると。
敗戦後、日本軍が撤退したインドネシアを、再び植民地にしようとオランダはインドネシアに対して宣戦布告します。
撤退した日本軍の中には、現地に残りインドネシア独立のために共に戦った人も3000人近くいたそうです。
彼らは経験の浅いインドネシア人に代わって先陣で戦ったために、1000人以上が亡くなりました。
もちろん、日本は戦略としてインドネシアに軍を進めたのであり、その中にはインドネシア人にとって好ましくないこともあったかもしれません。
しかし、他国の独立のために命を落とした我々日本人の先祖がいて、そのおかげで日本人に対して好印象が持たれているのは紛れもない事実です。
日本人である僕が他の国の人にもまして信頼され、好意的に扱ってくれるのは、これまでの日本人の振る舞いや歴史があってこそだということを忘れてはならないと思っています。
そしてこうしたことはアジアだけに限ったことではありません。
世界には、日本と何の繋がりもないようで、実は日本に対して敬愛を表する国は少なくありません。
中には、日本人は犯罪を起こすはずがないとさえ思っている国の人もいます。
自分が日本人であることを意識することは、旅をする中で非常に重要なことであるように思います。
バリを旅している時も信頼されていることを強く感じました。
それは次のブログで書くとして、今回はこの辺で。
長い記事でしたが、読んで頂きありがとうございます。